書評：加々美光行編『中国の新たな発見』

	現代中国学の確立を強く主張 “方法論の革新を試みる問題提起”には何が必要か書評：加々美光行編『中国の新たな発見（叢書現代中国学の構築に向けて１）』 2008年5月前田年昭編集者・アジア主義研究『週刊読書人』第2740号 2008年5月30日付掲載

	本書は「現代中国学の構築に向けて」という叢書（全五巻）の第一巻であり，編者も含む十人による論集である。　やはり背骨は編者加々美光行氏の論文であろうか。戦後日本における研究史をふり返り，世界の中国研究は，戦後アメリカに誕生した『地域研究』の中核的分野として発展したと総括している。中国研究所（地域研究誕生前夜）→現代中国学会（地域研究誕生）→アジア政経学会（地域研究発展）→アジア研究所といういわば地域研究発展史観である。一方で氏はアメリカ式地域研究にはオリエンタリズムの弊害が色濃く，戦後日本の中国研究も同様だったとするが，オリエンタリズム批判と地域研究発展史観とはどう整合するのか。　戦前，朝鮮→満蒙→中国→東南アジアという方向で進められた日本のアジア侵略とともに日本のアジア研究は研究領域を拡大した。なぜ総括対象の研究史区分から戦前が捨象されているのか。戦前戦後は切断よりむしろ連続としてあったのではないか。学問を現実・思想と切り離したことは東洋学の永き伝統であった。これが問い直されたのが，フォード・アジア財団資金問題であり，中国語検定試験問題ではなかったのか。　「同時代の中国を対象とした研究は……今日に至るまで長きにわたって方法論上の歪みを伴ってきた」（はじめに）という問題意識には，評者も共有，共感できる。　では，方法論の革新を試みる問題提起とは何か？　編者による叢書の「刊行に当たって」が意図を明らかにしている。二〇〇二年，愛知大学は文科省二十一世紀ＣＯＥプログラムの事業認可を受け，「『オリエンタリズム』の再生産を許さない積極的な方法を全世界共通の統一的方法論として確立し，ひいては『現代中国学』を樹立すること」をめざして国際中国学研究センターを開設。政治，経済，文化，環境の各研究会を統括する方法論研究会は“コ・ビヘイビオリズム”を提起するに至った。“コ・ビヘイビオリズム”とは，「研究者主体を含めて，中国学をめぐる諸主体は，相互に交錯，連動した目的意図を伴う『態度』あるいは『行動』を不可避にもつ……こうした主体間の関係を方法的に位置づける共通の理論的枠組み」として「『共同態度論あるいは共同行動論』（Co-Behaviorism）」と説明する。しかし，そもそも「コ・ビヘイビオリズム」という片仮名を濫用する言語感覚と歴史意識でオリエンタリズム批判が貫けるのか。かつて故新島淳良先生との文革についての対話で私たちに知的刺激を与えた加々美氏はどこへ行ってしまったのか。現代中国学とは，中国と日本の自然と社会，自分自身を主体的に変革するための学問ではないのか。何のため誰のための学問なのか。　本書は，第Ⅰ部「方法論のパラダイム転換」に加々美「現代中国学の新たなパラダイム」，溝口雄三「方法としての『中国独自の近代』」など五編，第Ⅱ部「中国の発見　歴史とナショナリズムをめぐる方法」には金観濤・劉青峰「歴史の真実性を論ず　データベース方式および歴史研究のモデルチェンジ」，田島英一「中国ナショナリズム分析の枠組みと実践」など五編が収められている。溝口氏による辛亥革命の再評価や，金・劉両氏による日清戦争（甲午戦争）の比較研究の試みなど興味深い論考もあるが，これらが編者の提起するところの新たな方法論に基づくというのだろうか。歴史物語論への腰の引けた揺り戻しという心情は共通して読みとれるが。　オリエンタリズムや，研究の細分化，研究と価値意識との乖離という“伝統的”課題を解決するためには，問題意識と歴史観が不可欠である。現代中国学の確立を強く主張すれば主張するほど，歴史への視座が必須であろう。それなしに「全世界共通の統一的方法論」を主張することは，かつての京都学派の「世界史的立場」と同一か，そうでなければ，アメリカ式グローバリゼーションへの無自覚な追随でしかないのではないか。 `加々美光行編『中国の新たな発見（叢書現代中国学の構築に向けて１）』 A5判・298頁・4410円日本評論社 978-4-535-04840-9`
	（おわり）
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