連載:滴水洞 009

暴力論5 「もっとも革命的」と自己確認したい欲望



2006年08月20日11:44

前 田 年 昭

編集者

文化大革命のさなかの武闘は,小銃から高射砲まで持ち出され,さながら内戦だったという。殺された死体を担いでデモをした証言も複数あるほどだ。

馮驥才,田口佐紀子訳『庶民が語る中国文化大革命』講談社1988,という証言集がある。そのひとつ「ある老紅衛兵の反駁」は,【“文革”のことは,正直言って僕は後悔していない。ざんげするのはかまわない。でも後悔はない。なぜならわれわれは当時,いやしい目的で参加したわけではないから。まじめに革命として受けとめたんだ。】p.167という立場からの,つまり文革全面否定には批判的な証言である。この証言者は(一九六六年 二十歳 男 S市某師範大学学生)とあるから,私とほぼ同じ年代である。

【当時は,保守的だった人ほど造反を始めると,ひどく殴った。これは“文革”の特徴です。こういう話が聞きたいかどうかわからないけど,つまりもともとは造反派ではなく実権派についていた人たちが,造反を始めると,もっともひどく実権派を殴ったんですよ。こういう方法で,自分たちがもっとも革命的だということを示そうとしたんだな。彼らこそが“極左”の根元なんだ。もともとは実権派についていた。しかし情勢が変わったのを見てとると,造反派よりももっと残酷に極左的に実権派をやった。これは僕が“文革”の中で目撃した一つの現象です。】p.150

【どういうわけかあの頃は,みんな自覚が高くてね。不良とかコソ泥はほとんどいなかったから,何をするにも安心だった。おそらくはあの異常な恐怖が,不良までも震えあがらせてたんでしょうね。人民間の管理はそりゃあきびしくて,とにかく毛主席の語録が読めさえすりゃあ,木戸御免だった。中国全体が,ちょうどバスケットボールの試合のように,相手の一挙一動に目をつけていたわけだ。ここでしたあくびが,あっちで聞こえるというぐあいでね。今よりずうっとよく管理されていたね。】p.154

【中国人というのは,つまらない事ほど,みんなが興味をもち,徹底的にやる。彼がいかに修正主義を行い,反革命を鼓吹したかを批判するだけでは,大衆は批判に身を入れない。まず彼の名誉を傷つける。そうすれば政治的にも自滅する。やりやすいわけだ。】p.158

たしかに日本の全共闘運動でもバリケードの中は「治安」はよかった。欲望が,物質的な方向,私欲にはあまり向けられないからだろう。闘争と運動に向く。闘争と運動に向くから,自分が他者から認められたいという欲望もまた,その闘争と運動のなかで「より先頭にいる」「より徹底している」ことの確認に向く。矜持は驕慢と,誇りは自己満足と(そして謙虚は卑屈と)現象では紙一重かもしれない。口舌の徒を馬鹿にするのも行き過ぎると俗流経験論に陥り,何かというと「やった」「やった」と威張ることになる。何をやったというのか。何のため,誰のためという問い,自問,自省は,ともすればなおざりになった。

アメリカ的な欲望,個人的物質的欲望と闘う第一歩,それは捨てることであり,拒否することである。これはまだしも比較的わかりやすい。しかし,その次,自分が認められたいという欲望とどう向かい合うのか。なぜ競争になるのか。

(おわり)


Jump to

[Top Page] [INDEX] [BACK]
ご意見をお待ちしております。 電子メールにてお寄せください。
前田年昭 MAEDA Toshiaki
[E-mail] tmaeda@linelabo.com