連載:滴水洞 010

続・むほんの権原はどこにあるのか



2006年08月21日11:21

前 田 年 昭

編集者

いま出ている『ビッグコミック増刊 ゴルゴ13総集編 vol.144』小学館2006/9/13,に「百人の毛沢東」という話が載っている。

――激動の中国。その次代を担うカリスマはいかに作られるのか……? 中国辺境の原野に,百年前の風俗を忠実に模した村々があった。そして奇妙に同じ顔の少年たちがひとつの村に一人ずつ,すくすくと育っていた。一体誰が何の目的で……? 実は,失脚させられた党長老の漢卑将軍が,死んだ毛沢東の体細胞からつくったクローンを,再現した同じ環境で育て,そのクローン毛沢東を担いで謀反を起こそうとする,というお話。

以下,漢卑(H)とゴルゴ(G)とのやり取り。

H:だが,テロリスト風情のお前には,決してわかるまいが……今の中国には,毛沢東は無くてはならない存在なのだ!
G:……今の中国に必要なのではなく,今のお前にとって必要なのだろ。
H:な,何っ!!
G:いくら,毛沢東のクローンを蘇らせても,いくら同じ環境を作っても,あのような男は,二度と生まれない…… なぜなら彼は,中国の人民によって作り上げられた,“人物”だから,だ……
  今,彼のような人物が生まれないのは,真に中国人民が欲してはいないから,だ……
H:ち,違うっ!! 中国人民も絶対に,偉大な毛沢東の出現を待ちわびているはずだっ!!
G:毛沢東と過ごした,若かりし頃の華やかな思い出を,クローンを蘇らせてもう一度味わおうなどと…… 最期の“革命戦士”も,老いたものだ……
H:ううっ!!…… も,もう少しで毛沢東と二人でもう一度,真の共産主義国家を,創れたものをっ!!……
G:…… ……
H:おのれっ!! <ドキューン……>
G:……時代を逆行させる事は,誰にも出来ない……思い出は懐かしむだけにしておく事だ……

そう,ゴルゴのいうとおり,ひとりひとりは歴史と社会がつくりだすのだ。毛沢東もひとりひとりの紅衛兵もそうである。日本文化大革命の紅衛兵も。だからこそ,ひとりひとりの生命と生涯は誰一人同じではなく,かけがえがないものなのである。

生物学的なクローンを再現した「同じ」環境で育てれば同じ人間が出現するなどという荒唐無稽な物語は,文化大革命のさなかで大論争になった出身階級決定論(出身血統主義)の鏡像のように私にはみえる。

人間は生まれによって決定づけられるとする狭隘な血統論は根深い。そこには旧階級の刻印が押されている。旧い階級は支配の根拠として,生まれによる違いは超えるに超えられぬ違いとして刻印されているという血統論を重視してきた。また血液型や生まれ日時による「占い」などの習慣として生きつづけている。

しかし,革命(むほん)がその根拠としてこの狭隘な血統論をただ裏返して使う(「差別された痛みは差別された者にしか理解し得ない」というように!)と,それは逆差別を生み,「血統論」に反抗するエネルギーをマグマのように蓄積させる。

文化大革命における遇羅克による出身決定論批判は,狭隘な血統論に対するおさえきれぬ反抗の噴出だったのではなかったか。陳伯達による中央の見解表明も,血統論を批判し,本人の政治的態度をみるといいながらも,出身(親の階級区分)も考慮すべき,と,いっけん「正しい」ように見えるが,この現実の論争にわけいるには,あまりにも腰の引けた折衷論ではなかったか。

(おわり)


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