連載:滴水洞 011

フーコーによる裁判批判



2006年08月24日11:38

前 田 年 昭

編集者

文化大革命を否定する人びとの意見のひとつに,公開批判,公開処刑は「野蛮」だという反発がある。西欧近代が実現してきた裁判制度は人類の「到達点」のひとつだが,これのほうが野蛮だと私は思うのだ。なぜなら《復讐の権原》という基本的権利を,国家に委託してしまうことによって,放棄するものだからだ。そのことによってますます国家のドレイになってしまい,何ひとつ道理も利益もないではないか。この本質を理解できない日本の新旧左翼は最近も裁判員制度を批判できずその走狗となっているが,まことに情けないことである。

M.フーコーは1972年「人民裁判について マオイスト(毛沢東主義者)たちとの討論」でいいことを言っている〔ちくま学芸文庫版『フーコー・コレクション 4』2006年,pp.96-154〕。少々長くなるが耳を傾けてみよう。

【……裁判所というものは人民の正義の自然な表出などではなく,むしろ反対に,歴史的機能として,その正義を国家装置独特の諸制度の内部にあらためて書き込むことにより,正義を引っ捕らえ,飼い慣らし,組み伏せることをもって旨とするものなのではないか。〔中略〕…舞台では,長机の後ろにひかえた判事たちが,「復讐を叫ぶ」人民と,「有罪」であったり「無罪」であったりする被告たちとのあいだの第三の審級を代表する。「真実」を確定するため,あるいは「自白」を得るための尋問があり,何が「正当」であるかを知るための審理がある。つまり,権威の手によって万人に押しつけられた審級である。ここには,まだ崩れ易さの感はぬぐえないとはいえ,一つの国家装置の萌芽が再び姿を現しているのではないか? 階級的抑圧の可能性が再び姿を現しているのではないか? 人民とその敵のあいだに,真と偽,有罪と無罪,正当と不正の区別を打ち立てるものとして一個の中立的な審級を設置するということは,人民の正義に対抗するための手段ではないか? 観念的な仲裁を盾にとって,現実の闘争における人民の正義を非武装化するための手段なのではないか? 裁判所とは,人民の正義の一形態であるどころか,その最初の歪曲なのではないか,と僕が疑うのもそうした理由による。】pp.97-98

【……被告原告双方に対して中立の立場を取る人々が存在し得るという考え方,彼らが絶対的な価値をもつ正義の観念に基づいて双方を裁き得るという考え方,そして,彼らが決定したことは実行に移されなければならないという考え方,僕は,もうこれだけでかなり深刻な意味をもっていると思うし,また,そうした考え方が,すでに人民の正義という観念そのものと無縁になっていると思う。人民裁判の場合,三つの要素があるわけではない。あるのは大衆とその敵だ。その場合,大衆が誰かを敵とみなし,その敵を懲らしめてやろう――あるいは再教育してやろう――と決意する時,大衆は,正義という抽象的な普遍概念などには頼らずに,単に自分たちの経験に依拠する。つまり自分たちが受けた損害の経験,自分たちが傷つけられ,虐げられた時のやり方に倣うのだ。しかも,彼らの決定は権威をともなった決定ではない。つまり,彼らは決定事項に価値をもたせる能力を備えた国家装置などには頼らずに,単純かつ純粋に自分たちの決定を実行に移すのだ。したがって,僕の拭い難い印象としては,裁判所という組織,少なくともその西欧的な組織が,人民の正義という実践とは無縁たらざるを得ない,ということだ。】p.108

【……われわれのような社会においては,逆に,司法という装置がきわめて重要な国家装置であり続けてきた。ただ,その歴史が常に覆い隠されてきただけである。〔中略〕刑法体系は大衆のなかにいくつかの矛盾を持ち込むことをもって,その機能としてきた。そして,その矛盾の最たるものは,プロレタリア化した下層民とプロレタリア化していない下層民を互いに反目させる,というものだ。中世において本質的に収税機能を果たしていた刑法体系が,ある時代以降,暴動抑止の闘いに専念するようになった。それまで,民衆暴動の鎮圧はとりわけ軍隊の仕事だった。それが,ある時から,司法=警察=監獄の複合システムをもって対処される,というよりもむしろ予防されるようになったのだ。〔中略〕…物乞い,浮浪者,無為の者たちを対象にした数々の法,彼らを狩り出す目的で作られた数々の警察組織といったものはすべて,物乞い,浮浪者,無為の者たちが置かれたまさにその場所で,彼らに対して用意されたきわめて劣悪な条件を,力ずくで――法や組織の役目はまさにそれだったのだから――受理させていたのだ。当人がその条件を拒んでも,逃げ出そうとしても,物乞いを続けても,あるいは「何もしない」でいても,結局行き着くのは監獄,そして多くの場合,強制労働であった。他方,この刑法体系が特権的な対象としていたのは,下層民のなかでも最も可動性にすぐれ,最も激しやすく,最も「暴力的」な分子,つまり,いつ直接武装行動に出ても不思議はない連中であった。借金で首が回らなくなって土地を捨てた農夫,納税をすっぽかしてきた農民,盗みのかどで土地を追われた労働者,町のどぶ掃除に従事することを拒んだ浮浪者や物乞い,畑荒らしで暮らしをたてている者たち,こそ泥,追いはぎ,あるいは,武装集団をなして税務署その他,役人たちの所に襲撃をかける者たち,要するに,都市や地方の暴動に槍や鉄砲をもって加わる連中,こうした人々のあいだには,見事な合議,完全な連絡網のようなものが存在し,そのなかで個々人がその都度役割を取っ替え引っ替えしていた。こうした「危険な」連中こそ,別の場所に(監獄に,総合病院に,ガレー船に,植民地に)取りのけておかねばならなかった。民衆の抵抗運動の際,彼らに斬り込み隊の役目を果たさせないようにするためである。こうした恐怖が十八世紀に増大した。同じ恐怖が,大革命直後,あるいは十九世紀をつうじてさまざまな擾乱の際,さらに増大した。そこで刑法体系の第三の役目が際立つのだ。つまりプロレタリアートの目に,プロレタリア化していない下層民の姿を,周縁的,危険,反道徳的で,社会全体にとっての脅威,民衆の残滓,屑,いわゆる「賊」として映し出してやるのだ。ブルジョワジーにとっては,刑罰の法体系をつうじ,監獄をつうじ,さらには新聞や「文学」をつうじて,「普遍的」とされた道徳のいくつかのカテゴリーをプロレタリアートに課することが主眼となる。この自称「普遍的」道徳カテゴリーが,プロレタリアートとプロレタリア化されていない下層民とのあいだでイデオロギー的な障壁の役目を果たす,という仕組みだ。……】pp.117-119

(おわり)


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