ヨーロッパ的近代と対峙したアジア的近代の苦闘！　書評・丸川哲史著『日中一〇〇年史　二つの近代を問い直す』

	ヨーロッパ的近代と対峙したアジア的近代の苦闘！　日中二つの近代を「思想化」する試み書評・丸川哲史著『日中一〇〇年史　二つの近代を問い直す』 2006年2月前田年昭編集者・アジア主義研究『週刊読書人』第2626号 2006年2月24日付掲載



	本書は著者によれば「日本と中国との関係を歴史的な観点からどのように考えればよいのか」という問題意識から「両国の一〇〇年間を『思想化』するための試み」である。序章「日本と中国の近代化」から終章「日中国交回復で何が『回復』されたのか」まで，著者は，魯迅，北一輝，竹内好，毛沢東，尾崎秀実，丸山眞男らの思索を検討し，日本と中国とのコミュニケーションの「失敗」の歩みとしてたどる。かつて竹内好の先駆的仕事に敬意を表しつつ，廣松渉は「当該の歴史的深層構造との脈絡で定位する必要がある」と指摘したが，本書はその提起に応えたものともいえ，アジア学（竹内好）復興への呼びかけともとれる意欲作である。　本書の思想的な力の源は著者のすぐれた実践性からきている。問題意識の背景には，昨春の中国の反日デモ，およびこれに応答できなかった中国研究の現状がある。「日本の中国研究者の多くから生産的なコメントが発せられなかった……『あのデモは政府が操っている』とか，またそれとは正反対の『あのデモは共産党政権への不満を表したもの』といった類型化された説明に対しても有効な反論さえできなかった」事実を「日中間に横たわる危機に関する最も肝要なる部分だ」と捉える危機意識だ。学問に求められる実践性とは必ずしも時事問題を評論することではなく，自らの考察を社会的検証に委ねようとする著者の真摯な姿勢に共感と敬意を表したい。　「日本は二一世紀を通じて，東アジアの中で本格的に小国化していく運命を，いわば積極的に生きるしかな」いという指摘など肯かされる点も少なくない。日本の敗戦と戦争責任，戦後処理についての著者の批判は前著『冷戦文化論』同様，明快である。「遺産を拒否する姿勢そのものが遺産の虜である」との竹内好の言葉を引いての平和主義批判はとくに時宜にかなった指摘である。　そのうえで気になったこと。「反日デモ」に対して「デモの主張が正しいものかどうかという判断以前に，それが歴史の残響であることを，まず認めなければ」とするが，「肝要なる部分」と断じた著者に，読者としては旗幟鮮明な「判断」を期待してしまう。同様に，中国の文化大革命を「説明するのは，量的にも質的にも困難を極めますが，ただひとつ言えるのは，これによって中国国内は大混乱に陥ったということ」では物足りない。民権から国権へ「堕落」した日本アジア主義を止揚し，欧米的「近代」に抗した実験こそ中国の文革ではなかったのか。　昨年八月一五日の靖国神社参拝者数二〇万人と高橋哲哉『靖国問題』の三〇万部とを対比し，「この構図を分析してみると，二〇万人という人々の無意識的・自然発生的な行動に対して，三〇万人の読者が分析的な思考を試みた」と書いているが，コトバによる「精神的勝利法」は筆者・評者を含む左翼側の劣勢を挽回しえない。資本と国家権力の側の，マーケティング技術と広告言語の巧みさがはるかに上なのだ。問題は，「隣人に嫌がられることはやめたほうがいい」というレベルの靖国反対派の意識は，目前の秩序と生活を守りたいという意識に支えられたものとしてあり，この「日中友好」の裏にエコノミック・アニマルのよだれがはりついていること。他方，靖国賛成派の右翼的言動は，現状に不満を抱き，日常性から離脱したいという反秩序エネルギーの表れとして存在していること。この逆転を前に，靖国＝悪といった問題を立ててみたところで，帰結する「日中友好」は，魯迅が絶筆で揶揄したようなものでしかないだろう。　日本のアジア主義の歩みを主体的に総括し，批判的に継承しようとすれば，新アジア主義（李大釗）から文化大革命（毛沢東）にいたる，ヨーロッパ的近代化に抗するアジア的近代化（反近代）の苦闘があったということではないだろうか。 `丸川哲史著『日中一〇〇年史　二つの近代を問い直す』新書判・241頁・798円光文社 4-334-03338-5`
	（おわり）
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