六〇年代の光輝を回想 
六人の叛乱世代の闘士と一人の全盲の医師を相手に

書評・荒岱介編『破天荒な人々――叛乱世代の証言』



2005年11月

府 川 充 男
日本印刷史,分析書誌学

『図書新聞』第2750号 2005年11月19日付掲載
著者の許諾を得て転載

一九六八年。すでに歴史的叙述の対象である。今日の学生が三十七年前を眺めるようにして,六八年の時点で仮に当時の私たちが過去を振返ったとすれば,ラジオ放送開始から確か数年しか経っていない一九三一(昭和六)年。柳条湖事件,満州事変勃発の年である。この年,初の字幕つき外国映画『モロッコ』が封切,東京飛行場(後の羽田空港)開港。六八年ころの学生が己の人生開始に遙か先行する時代として一九三一年を意識していたように,今日の学生もまた「一九六八年」をそう見ているのだろう。
本書は現代のノンフィクション稗史小説とでもいうべき『破天荒伝』『大逆のゲリラ』(いずれも太田出版)を著した荒岱介が聞手となって,六人の「叛乱世代」と,全盲のハンディを乗越えて医師国家試験に合格した一人を相手に行った対談を編んだもの。
荒が「序に代えて」で記しているように日本の新左翼が最も光り輝いていた時代は意外に短く,せいぜい十年強に過ぎない。思えば三十七年は一睡の中にして兵どもが夢の跡。
第一回の小嵐九八郎(社青同解放派)と第二回の花園(前之園)紀男(第二次ブント→赤軍派)は荒とほぼ同期の活動家。第三回の青砥幹男(赤軍派→連合赤軍)と第六回の斎藤まさし(日学戦→MPD)は荒から数年下。第四回の古賀暹と第五回の望月彰は六〇年安保後の再建社学同から第二次ブントの幹部であって荒よりは大分年上,「一九六八年の光輝」の土台を一から築き上げた世代である。
荒は聞手に徹しつつ必ずしも相手に同ぜず,巧みに相手の話を引出している。再建社学同の実状について古賀と望月の回想は照応しあう部分が少なくなく,明大の六七年「二・二協定」の裏事情については従来知られていなかった興味深い証言(古賀との付合いが長い筆者も知らなかった)も飛出している。赤軍兵士青砥が内情と本音をここまで明かしたのも初めてで,思わず植垣康博『兵士たちの連合赤軍』(彩流社)を再読してしまった。六本の対話を通じて自ずから当時の荒たちの政治的位置や思惑も浮び上がる。すなわち相互視野(インター‐ヴュー)の妙。各対談で語られているエピソードの数々は,あるいは「本論」の材料として,あるいは「註疏」の材料として,未だ誰によっても纏められてはいない本格的な歴史記述が将来書かれる際に無視し得ぬものであることは間違いない。
そしていずれも,普通ではない・突拍子もない・破天荒な人生を送ってきた六人がそれぞれ自分の人生に悔いを持たず各人なりの「達観」へと至っているさまも本書の光彩であろう。
小嵐は特有の剽軽なフラに包んで,残存新左翼は間違っているが擁護せねばならぬという。
薩摩隼人花園の断乎としてコりない石頭ぶりもお見事。
青砥は地獄を潜るような体験を経て口調は極めて坦々。連合赤軍事件については「穴掘って自分で埋まりたいくらい」と語りつつ「こういう人生になったことについては後悔していない」と言い放つ。
古賀は「廣松渉という唯一人の前衛党」の指令のもとに歩んだ日々を振返りつつ,本当は父の関与した二・二六よりもっと大きい革命をやりたかった,死すべき機会を失ってしまったと語る。
望月は「党建設の夢」潰えてしばらく後に就職。二十五年にわたる工場労働者の経験から大企業組織の命令系統がどれだけ腐り切っているかを思い知る。それがJCO臨界事故に対するこの間の望月の著述や活動につながっている。
斎藤はなんだかワカンナイ。六九年から七三年にかけ,街頭では機動隊と,学内では革マル派と激突し続けた早大武闘無党派の一員の眼には日学戦など頭数だけの微温的な存在にしか見えなかったし,実際日学戦には早大から一人も行っていない。しかし,今日も持続する「革命的選挙屋」としての活動を非転向のマルクス・レーニン主義で根拠づけるのだけは面白い。
本書の最後は他の対談とは少々肌合いが違って,最も若い(一九五五年生れ)大里晃弘。彼だけは活動家経験が多少あるのみ。医科歯科大在学中に発症して左眼失明,右眼の視力も極端に落ち,卒業はしたものの当時の視力拡大機の精度が悪くて医師国家試験の試験時間内では半分も解答できなかった。リハビリ・センターを経て横浜市の施設に就職。全盲のハンディにもかかわらず今春医師国家試験に合格した。荒は解題で「私は彼からルサンチマンの感情などを感じたことがない」と記している。大里もまた「達観」に至っているのだ。彼が強い意志を持った紛れもなき「革命者」であるという判断から荒は最後の対談相手に選んだのだろう。
同じ版元から出ている『赤軍派始末記』には固有名詞や組織名,月日関係の誤りが多かった。本書は遙かにきちんとしているとはいえ幾つかの誤りが散見される。すでに「歴史的叙述の対象」として熟しつつある事どもゆえに表記や事実関係にはそろそろ神経質でありたい。筆者もまた自戒するところ。

荒岱介編
『破天荒な人々 叛乱世代の証言』
四六判・254頁・1890円
彩流社
4-7791-1115-3

(おわり)


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前田年昭 MAEDA Toshiaki
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