団結の哲学をうちたてよう


「ひどいわ,ひどいわ」主義に反対する


1976年9月

中 原 哲 也
1974年夏 第1版
下請労働者連絡会議『下請労働者』創刊号(1976年9月)掲載
1978年春 第4版
関西学院新聞総部『関西学院新聞』第617号(1978年6月27日付)掲載

 日本の変革を願うすべての人たち,とくに革命派たらんとする人たちに訴える。
 私自身も克服しきれてないので余りデカイこといえないのだが,私たちの間に「こんなにひどい目にあわされている」と被害のの大であることを競い,自慢する傾向がないだろうか。
 「ひどいわ,ひどいわ」主義と名付けることのできるその傾向は,金持ちの心にそまり貧乏人の固い団結を破壊し分裂を深めるものだ。また,それは労働者階級が未来を作る「主人公」だという真理をおおいかくし,「奴隷」として売りものにするものだ。つまるところ,階級対立をおおいかくすことによって階級協調を説くものであり,もって貧乏人の利益をそこなう反動哲学である。
 貧乏人の隊伍のなかに入り込んでいるこのドス黒い反動哲学から共にきっぱり足を洗い,隊伍をしっかりと組み直し,貧乏人のおおらかな政治をうちたてよう。
 
 「ひどいわ,ひどいわ」主義の罪状は,限りなく多く,またいろんな形であらわれるが,そのわるい点はどこにあるのか,順に分析してみよう。
 その第一の罪状は,おどしによって人をそこなう,である。
 その手口は,「われわれの苦しみはあんたなんかにわかるはずがない」というおどしである。その「苦しみ」も,「私の方がこんなに大量なんだ」「イヤ俺の方がよりひどい目に遭わされている」と自慢するものであるため,たえざる競争を生みだす。団結の基礎である共通の質はたちようがなく,「二重三重の差別」か「一重の差別」か(?)という非弁証法的二分法により,たえざる分裂を生みだす。そして,心を一つにあわせていかなければ革命に勝利できない貧乏人の隊伍のなかに「こえるにこえられぬ壁」を作り出し,「理解しようにもしきれない私の育ち」などと言わせて,闘争と積極の気分をなまくらな消極の気分へとかえてしまう。
 たえざる分裂とたえざる競争,恫喝と意気消沈,これが第一の型の特徴である。
 
 「ひどいわ,ひどいわ」主義の第二の罪状は,なわばりをはりめぐらし,不安定なものをますます不安定においやる,である。
 この手口は,私たちの間に「××問題」「○○闘争」というなわばりをつくりだし,関係者以外立入禁止の看板をたて,他者を排除するものだ。
 そして,きずきあげた「自分の城」の中の者は,「個別にこだわりつづける」「個別課題にかんでいる」として,ますます安定する。他方,何か,ある特定の「分野別」「問題別」苦悩をうけているのでなく,普遍的苦悩をうけており,言いたいことも言えずやりたいこともやれず無力なもの――すなわち,プロレタリア的なもの――は,ますます不安定においやられている。
 有力なものますます有力,無力なものますます無力,これは金持ちの哲学であり,これにたいして,貧乏人の哲学は,一定の条件のもとで無力は有力にかわり,有力は無力にかわる,である。
 
 この反動哲学の第三の罪状は,わかることをわからなくし,わからないことをますますチンプンカンプンにする,である。
 たえざる競争,たえざるなわばり保持志向,これらは,他者への「優位」を保つため,特殊性・独自性のみを強調し,関係者以外の立ち入るスキを必死でふせぐ傾向を生みだす。他者とわかり合うことを困ることだというその本心は,第一に,「専門用語」,仲間うちだけの「隠語」としてあらわれ,第二のやり口,つまり,エセ歴史的観点としてもあらわれる。
 
 「ひどいわ,ひどいわ」主義の第四の罪状は,階級対立をおおいかくし,「結構しあわせじゃないか」という貧乏人からの裏切り意識を生みだす,である。
 貧乏人の戦闘性を骨抜きにするこれは,金持ちと貧乏人とのちがい,そのの非和解的対立を解消し,のちがいにすぎないと主張する。
 これは「もっともひどい目に遭っている人の立場に完全には立ちきれない」というものであり「もっとひどい目に遭っている人もいるんだから,私はまだ幸せだ」という他方の反動哲学と表裏一体をなし,「上には上があり,下には下がある」というイデオロギーをつくっている。
 これは,基本的にブルジョアジーの思想であり,次に小ブルジョアジーの思想である「中流意識」を生みだす反動的役割をはたしている。
 
 「ひどいわ,ひどいわ」主義の第五の罪状は,自己の解放と他者の解放とを分裂させ,慈善事業屋や告発屋をつくる,である。
 「××問題」として安定させるため,他者にわからないよう特殊性を強調し,成果のみを語り,おどす,これでは誰のために,何のためにやっているのか,他者にわからなくなるばかりか自分にもわからなくなり,結局,自分の名声を得るためか,それと同類のアリバイ作りにしかならない。
 「私」の利益を第一におき,革命の利益をそこなう,これは第一から第四の罪状にも共通する特徴である。
 
 以上のように,「ひどいわ,ひどいわ」主義は,貧乏人の団結をそこない,革命の利益をそこなう反動哲学である。
 まじめな学習と批判とによって,このドス黒い反動哲学を批判しつくそう!
(おわり)


Jump to

[Top Page] [BACK]
ご意見をお待ちしております。 電子メールにてお寄せください。
前田年昭 MAEDA Toshiaki
[E-mail] tmaeda@linelabo.com