繙蟠録 I & II
 

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繙 蟠 録 II 2013年8月

2013/08/20 「組継ぎ本」づくりのコツ(3) 指で「見る」

「組継ぎ本」は道具や機械が開発され工業化されるまでは,とりあえずは手仕事です。仕上がり寸法に断裁済みの紙を折って切って組み継ぐ。折り紙と同じです。JIS P 0138:1998は寸法許容差を「寸法が 150mm 以下のもの ±1.5mm」「寸法が 150mm を超え,600mm 以下のもの ±2mm」「寸法が 600mm を超えるもの ±3mm」としています。測ってみればわかりますが市販コピー用紙はずっと優秀です。むしろ四方の角度が直角でない度合いのほうが問題になることもまた折り紙と同じです。

 「組継ぎ本」を美しく仕上げるコツは,最初に紙を半分に折るところから始まります。紙の辺と辺,角と角が重なっているかどうか,確認して折ります。このとき,目で見ると同時に指の腹で揃い具合を確認しながら,というところがコツです。紙1枚1枚の紙厚の差まで指は「見る」ことができます。

 写植からDTPへの業態変化を通じて,組版という仕事から失われたもののひとつに触覚があるのではないでしょうか。もう少し正確にいうと,触覚に蓄えられつづけ,発展しつづけた経験です。版下作成時の印画紙の切り貼り,“薄皮剥ぎ”の技は今では無用になってしまいましたが,日々触って「見」つづけた実践と経験の蓄積は,他の場面でも無意識のうちに生きていたと思います。

 最近,あるチェーン書店の店長さんとやり取りしたのですが,私は店頭でのカバー掛けで,目先の効率に追われるあまり,事前に糊づけするのはよくないと指摘しました。文庫本でも各社各様に天地左右のサイズが微妙に異なっており,慣れた店員さんは,これを目と指で測りつつカバーを掛けます。指が見ることで身体のなかに蓄積された経験の蓄積がカンやコツとなっていきます。その店長さんは「のりづけされたカバーは、適切なサイズの書籍について作業の短縮化につながる半面、調整が必要な場合に一旦のりをはがした上で折り直す必要があり、こちらはのりづけカバーのマイナス面にあたるかと思われます」とこたえられましたが,私が問題にしているのは,目先の短縮化や効率化に目を奪われるあまり失ってしまうものについてなのです。(M)

2013/08/11 「組継ぎ本」づくりのコツ(2) 紙をくぐらせる

組継ぎ本にまとまっているときの紙は強いのですが,組むとき(とバラすとき)は紙は弱くはかなく,破れたりくしゃくしゃになったりしがちです。7/15付の説明の,「12頁の根(種)をこしらえる」ときにも「8頁を組み継ぐ」ときにもちょっとしたコツが必要です。

 コツを一言で言えば“背をかがめて丸く丸く”です。
  
「12頁の根(種)をこしらえる」には,Aタイプのはじめの2枚(左頁7の上に左頁5)を重ね【写真左】,これを丸めて【写真中】,Bタイプの穴に差し入れる【写真右】のですが,“深く背の高いS”ではなく“浅く背の低いS”をつくるように丸めます。浅くというのは天地はをBの穴をくぐらせるためのギリギリでよいということ,背を低くというのはBの背の穴を深く大きく拡げなくてもいいようにということです。
  
「8頁を組み継ぐ」には,根の12頁の最後のAタイプ(13)の切り込みの上下をそれぞれ手前に丸めて,次の新規Bタイプ(11)の穴に外から差し入れ【写真左】,こんどは次のAタイプ(左頁21)を浅く低く丸めて【写真中】,「14 17」の穴に内から差し込む【写真右】のです。

 紙の破れやすい部分はA,Bとも切り込み部分ですから,切り込み部分まわりをかばって拡がらないように思いやってください。また,紙がしわにならないように,丸く丸くと呟きながら作業します。“背をかがめて丸く丸く”です。(M)

2013/08/09 「組継ぎ本」づくりのコツ(1) 切り込みをつくる

組み継ぐためには,5/8付で図示したAタイプ(両端),Bタイプ(中央)の切り込みをつくるわけですが,長さ方向と紙厚方向との適切なあそび(7/27付参照)が美しい仕上げのための第一のポイントです。

 溝幅は紙厚2枚分プラス少しの余裕という計算になりますが,70kg(四六判)まで,つまり紙厚0.1mm以下なら幅なしの切り込みでもかまいません(紙厚参考:ハガキは0.22mm,週刊誌表紙は0.13mm)。しかし,長さ方向の遊びは必要で,これがなければ綴じたとき紙は揃わず,場合によっては引きつってしまい皺がよってしまいます。

 切り込み箇所に印を付けると跡が残るので,私はあてた定規の目盛りを使います。

A4判を半分に折った折り目に沿って定規をあて紙の両端を7cmと28cmの目盛りにあわせたとき,10cmと25cmの目盛り付近が切り込みの目印になります。

10cmの目盛りに対して,Aタイプは0.5mm先まで切り,Bタイプは0.5mm手前から切り始めればよいのです。「0.5mm」という値は紙の厚さによっても変わるのでいろいろ試してみてください。
紙質によって,旋盤仕事でのキリコのようにクルクル巻いた状態で細く切り出されるのは美しいものです (^_^)
これもまた紙質によるが,切り口の両端は千切るほうがいいいようです。カッターで切った場合,そこから切り口が拡がりやすい場合があるからです。紙って面白いですね。

 次回は,「コツ(2) 紙をくぐらせる」です。(M)

2013/08/03 「組継ぎ本」解説(12) A4サイズの紙

組継ぎ本は書物の歴史における和洋の融合,すなわち東洋型の伝統を基本にしたうえでの西洋型との融合させたものである。基本にした東洋型とは,基本素材以外をできうるかぎりそぎ落とし,柔らかな紙のみで構成するというスタイルである。西洋型から取り入れ融合させたのは両面印刷とA列判型である。

  • A4 210mm×297mm
  • 16開 194mm×267mm
  • レター 215.9mm×279.4mm

A4は日本をはじめ世界の多くの地域で使われている紙の寸法であり,1922年にドイツ規格協会が定めたドイツ工業規格DIN 476を国際標準化したISO 216:1975で規定されている(日本工業規格JIS P 0138:1998はココからP0138で検索,閲覧できる)。16開は中国,台湾,韓国,シンガポールなどで使われ,レターはアメリカ,カナダで使われている(詳細は,DocuPrint C3540/C3140/C3250プリンタードライバーの設定の「サイズ表示の設定」の項目を参照)。

 1:ルート2の比率による紙の規格化は突然に1922年に「発明」されたわけではなく,フランス革命の時代にすでに提案されており,いわば「再発見」されたものだった。DIN-A4紙(210mm×297mm)が「いかに近代性を象徴するものとして認識されてきたかは,ヤン・チヒョルトの著書『新しいタイポグラフィ』(1928)を読めばわかる」と,ローター・ミューラー『メディアとしての紙の文化史』(三谷武司訳,2013,東洋書林)は指摘し,「チヒョルトの「新しいタイポグラフィ」は,文字の形の学問であると同時に,紙の学問でもある」と強調している。

 組版は書物のなかにあり,書物はメディアとしての紙のなかに成立する。たとえば文字サイズの単位にポイントを用いてよいのはインチの紙のなかであり,ミリの紙のなかでは級(Q)が適している。この理解を欠いた組版はいたましく,あわれである。紙はまたくしゃくしゃに丸めることもできるし破ることもできる。ある哲学者は「白い紙には何でも書くことができる」と言ったし,「白紙に戻す」という言葉もある。1枚では弱くはかなげな紙を束ねて書物として手にしたことによって,人類は世界を認識し改造してきたのである。

 紙の歴史はデジタル技術を応用したメディアの先史であり,いまデジタル化の急速な進行によって変化しつつあるのは,「グーテンベルクの世界」ではなく,紙の時代なのである。(M)


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