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繙 蟠 録 2010年1月後半

2010/01/31 毛沢東思想の歪曲を批判する

丸川哲史さんの新刊『ポスト〈改革開放〉の中国』(作品社,2010年1月)は,かかる時期に問題にしていい。〈改革開放〉の現代中国を理解するためには革命戦争から文革にいたる歴史への理解が必要であるとの指摘には賛成だ。しかし,その内容には同意しかねる。

 丸川さんは,竹内好を引いて「純粋毛沢東」をキーワードに現代中国を分析しようとする。竹内は『評伝毛沢東』他で「無から有を生み出す」のが毛沢東思想の「根本であり,原動力」と強調している。本当か。

 「純粋毛沢東とは何か。それは,敵は強大であって我は弱小であるという認識と,しかも我は不敗であるという確信の矛盾の組合せから成る」(竹内好)だって? これは毛沢東の哲学の「矛盾」とは似て非なるもの,こんなものは弁証法でも何でもない。中国革命の歴史性と社会性への分析を抜きにした「不敗であるという確信」とはカルトでしかないではないか。

 毛沢東は分析に基づき当時の中国では(と限定して)根拠地が存在し得ると判断し,革命戦争の事実で証明したのである。竹内のように「敵は強大」だが「不敗であるという確信」を持てという主張を一般化すれば現在の日本やアメリカでも根拠地は存在し得ることになるし,「それ(根拠地)は敵の戦力によって自動的に大きくなる」(竹内)ことになる。何とおめでたいことか。

 「無から有を生み出す」という俗耳に入りやすいキーワードで竹内好が言ったのは,結局のところ俗流唯物論であり,経済決定論でしかなかった。こんな骨董品を持ち出して毛沢東思想を語るとは,丸川哲史さんも困ったものである。(M)

2010/01/30 テト攻勢32周年記念日に思うこと

32年前,1968年1月30日からベトナム解放民族戦線と人民軍は,アメリカ侵略者と南の傀儡政府に対する一大攻勢を繰り広げた。これがテト攻勢である。アメリカ大使館占拠は一時的に終わり解放勢力側の戦術的敗北であったが,アメリカにベトナム侵略は成就せず,いずれ叩き出されるであろうことを知らしめた解放勢力側の戦略的勝利として,戦史に記されている。

 この年68年,世界を共同支配していたアメリカとソ連は思想的精神的に敗北した。それぞれの象徴が「パリの五月」と「プラハの春」である。ベトナムにおけるアメリカの全面敗北(1975年)とソ連崩壊(1991年)として,敗北が事実として,現れるまではそれぞれ7年,23年という時間がかかったが,68年にすでに思想的精神的な敗北としてが告げられていたわけである。民衆とその「世論」が歴史を動かす。

 しかし,歴史を知識をもったエリートが動かすとかんがえる選良主義者たちはこの歴史法則が理解できない。テト攻勢の当時,中核派など新左翼の一部はベトナム戦争=米ソ代理戦争論をとなえ,近年もすが秀実など一部評論家は68年を称揚するそぶりをみせながらベ平連=ソ連かいらい論をとなえている。いずれも,あたかも将棋の駒の配置によって決まる将棋のように,現実の政治は国家,とりわけ「大国」やその「指導者」によって動かされるという主張であり,民衆はつねに騙され酷い目にあわされる哀れな被害者だという歴史観である。

 さまざまなパワーポリティクス論は,もっともらしい装いをとりながら,つまるところは民衆=被害者論をふりまき,無力と諦めへと導く。これは権力の手先の思想であり,近年はびこるニヒリズムのひとつの土台がここにある。(M)

2010/01/25 手と身体の造反は素晴らしい

薄花葉っぱ(下村よう子,ウエッコ,坂巻さよ,宮田あずみ)は素晴らしい。論より証拠,私が編んだYouTube再生リスト「薄花葉っぱ」(※かりきりん含む)を見て欲しい。楽しさが伝わってくる。解放されるとはこういうことかと思う。友人の郡淳一郎さんが指摘するとおり「頭と目が,手と身体を抑圧している時代への,まさにカウンター・カルチャー=対抗文化」である。→薄花葉っぱウェブサイト

 左翼や2ちゃんねるの言葉は,揚げ足取りや人格的罵倒でつまらない。なぜか。「正しさ」競争になってしまっているからだろう。現象では逆の,相互批判を避けて社交に埋没する傾向もメダルの裏表だ。結局は「内ゲバ」トラウマなのである。「正しさ」の一面性に陥ることなく,「面白さ」「楽しさ」「カッコよさ」という魅力を持ち得なければ,出版=左翼の再生はありえないだろうと思う。(M)

2010/01/21 阪神・淡路――ハイチ

US Policy in Haiti Over Decades “Lays the Foundation for Why Impact of Natural Disaster Is So Severe”(Democracy Now! 2010/01/14)

2010/01/19 正義,あるいは永久奴隷の安全

説明責任を果たせ,やましいことが無ければ調べを受ければいい,という。“リベラル・左派”から2ちゃんねる界隈まで,小沢逮捕を待ち望む声があふれている。ここに存在するのは,まるで遠山の金さんや大岡越前に快哉を叫ぶ見物人の姿であり,しかしそこには自発する何かはまるでない,ではないか。

 10年前に政府が盗聴法を拵えたときに盛んに言いふらしたのは「聞かれてもやましいことをやってなければいいじゃないか」ということだった。これは誰の誰に対する言い分だったのだろうか。一方に,自分自身が「正規」や「正義」という「常識」にまごうことなく立脚していると信じている階級があり,他方に,「正規」や「正義」という「常識」からなぜ外れているのかと問いつめられている階級がある。前者は見られることなく見る特権を行使しつづけている階級である。

「それでも夜になるとその街に行くんだね」
「そこしか自分の生きる場所がなかったから。そこに行けばたとえゴミであっても公衆便所であっても自分が存在できるような気がしてたから。誰からも誉められるような姿で見つめられるウソっぽさより,仮に地べたに座っていて軽蔑されるような視線を浴びたとしても,それがより自分の裸の姿に近いものであれば,見つめられることでわたしは偽りのない姿でそこに存在できたんだと思います。ダメな子も社会のダメな子像に自分を当てはめようと必死なんです。それは最低でも無視されず,そういう姿でこの社会に存在できるということなんだと思います」(藤原新也『渋谷』文春文庫,p.201)

 日本の中のアジア人,不安定で,時おり,単調な反復労働にありつく「非正規」労働者は,一瞬たりとも「日本人」の眼差しを忘れることは出来ず,絶えず自己の中の他者を意識して生きている。見られることなく見る特権に無自覚な「日本人」は,人を食べるのがあたりまえだと思っている。安全圏で声高に正義を叫ぶが実は永久奴隷のうめきである。「しかし,彼らの考えは一様ではなく,ある者は従来そうだったのだから,食うべきだとし,ある者は食うべきでないと知りながら,しかし依然として食おうとしていることがわかった。そのくせ他人にすっぱ抜かれるのを恐れていて,わたしの話を聞いて,ますます腹が立ってたまらぬのに,含み笑いをしているのだ」(魯迅,高橋和巳訳「狂人日記」『吶喊』中公文庫,p.26)。(M)


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