繙蟠録 I & II
 

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繙 蟠 録 II 2019年8月

2019/08/24 ボランティアとは何か?

少し前の記事だが、日経電子版18.11.20付に「五輪の医師、無償でいいの? 組織委判断に医療界当惑 東京都医師会・猪口副会長に聞く」を読んだ。五輪・パラリンピックの医療ボランティアが無償となったことに対し、猪口さんは控えめな言い方ながら、「一般的に、ほかで代替のきかない特別な技能を持っている人で、それがイベントの運営上絶対に必要であれば、有償とすべき」と批判している。検索するとほかにも昨年8月以降、批判記事が多数見つかる。批判は、「ブラック・ボランティア」「やりがい搾取」等々というもの。
 WikiPediaには「聖書の副詞形ヴォルンターテ「自ら進んで」の語源は、動詞「volo(ヴォロ、「欲する」「求める」「願う」の意味)」である。ラテン語ヴォルタースから英語の volunteer が誕生した」「英語の volunteer の語の原義は志願兵であり、「ボランティアをする人」、「ボランティアをする」のほか、志願兵の意味もある。」とある。ボランティアとはあくまで自発的に志願するものであり、他者から強いられるものではない。
 出版界、とりわけ左翼運動界隈にも少なくない、ボランティアの強要が。「社会正義」のためなら零細業者は食えなくてもいいとでも言わんばかりである。あろうことか私に声がかかったこともある。某老舗左翼雑誌の内部からの刷新を考えている、リニューアルのための組版設計と毎号の組版を、という。趣旨をきくとよいことなので、安くても請けようと思った。念のために報酬はいくらかと訊ねると「タダ」「ボランティアで」という。「あなた方が仮に天下をとったら、その社会では組版でメシを食うことはできないんですね」と批判して、お断りした。
 11年前に思想誌『悍【HÀN】』を創刊したとき、私は仲間とともに「発刊宣言」に次のように書いた。

旧来の左派は“社会正義”や“ボランティア”の名の下に,原稿料を払わず,印刷や製本などの制作費を叩き,デザインや校正をタダ働きにしてしまった。これは資本主義との対決を放棄する退却である。メディアをつくるすべての人びとをないがしろにすることは,メディア自身の自殺行為である。

 これは、前述の話以前に、40年近く前から写植業者としてやっていたころからの私の苦い経験の総括でもあった。いまも情況はあまり変わっていない。日本左翼運動の宿痾なのだろうか。(M)

2019/08/22 「盗っ人たけだけしい」

盗っ人たけだけしいとは「盗みなどの悪事を働きながら平然としているさまや、それをとがめられても居直るさまをののしっていう語」(『明鏡国語辞典』の説明)。資本と権力のあくどさについて、竹信三恵子「正社員化要求したら「強要未遂」!? 「関西生コン事件」に見る労働三権の危機」(7.12付、ハーバー・ビジネス・オンライン)を読みながら改めて思ったことである。勤め先に正社員化や子どもを保育園に入れるための就労証明書を求めたことが「強要未遂」にあたるとして、労組員らが逮捕、勾留されているという、酷い事件である。
 歴史は教えている。かつて激化する小作争議に対して国家権力は、1924年に小作調停法を公布、他方で小作人側の弁護士活動の抹殺をはかった。香川県の伏石争議では、日農組合員200人は地主の差押えに抗して稲の刈り取りを行い、共同脱穀・管理したが、権力はこれを農民の窃盗という刑事事件(!)として弾圧、起訴し、日農顧問弁護士若林三郎は上京途中の列車内で自殺をはかったのである。
 社会の富を拵える労働者農民に対する搾取こそが「窃盗」であり、「強要」「恐喝」である。ストライキを「威力業務妨害」といいつのるに及んでは開いた口がふさがらない。犯人は大泥棒たる資本と権力である。何と盗っ人たけだけしいことか! しかも何より悔しいことは、そのように感じる〈ものを視る目、感じる心〉を喪うまでに階級解体されてしまっている階級兄弟たちの現状である。

 「マル暴が踏みにじる「刑事免責」 驚くべき新たな弾圧事件で記者会見」(2019.6.26 連帯ユニオン
 〔参考〕資本の意を「忖度」した報道。6.19付『京都新聞』6.19付『産経新聞』
6.24追加 「【動画】権力はなぜ、関生支部を弾圧するのか? ―講演 熊沢誠・甲南大名誉教授」2019.5.10
 「【動画】海渡雄一弁護士~関西生コン事件っていったい何だ~「労働運動に対する共謀罪型弾圧がはじまっている」20190615 UPLAN(抜粋)
 (M)

2019/08/17 資料:『中国60年代と世界』に発表した文章の一覧

以下は、この4年間に『中国60年代と世界』(発行人 〈中国60年代と世界〉研究会(幹事・土屋昌明)/ 編集人 文革50周年再検討会編集グループ)に私が発表した文章のリンクリストである(直近のものから降順)。

 (M)

2019/08/16 『メスキータ展』図録の美を成り立たせたものは何か

東京ステーションギャラリーで開催中の『メスキータ』展は、企画・展示とも素晴らしいが、とりわけ図録がカッコいい。発行:キュレイターズ。編集:中村水絵(HeHe)・顧知香(キュレイターズ)。デザイン:大溝裕(Glanz)。
 サイズは定形外で幅222mm×天地342mm、222頁。コデックス装(糸かがりして表紙くるみせず天・地・小口の三方を断裁)で、この図録では寒冷紗の黒で表1から表4まで全面を覆うようにくるんでおり、薄めの表紙でも強度は丈夫で、手に馴染んで開きよく読みやすい。かがり糸の黒ともども、なかみの版画作品のモノクロと馴染んで邪魔にならない。本文用紙はモンテルキア(東京洋紙協同組合)。特筆すべきはかがりと折りと断裁の正確さであり、見開き図版は左右頁にズレがほとんどなく、ノドは隣接の白や黒が顔を覗くところもなく仕上がっている。また、書影写真は、歪みなく光線も適切に撮影された写真で紛い物感がなく、よくあるスキャンしてフォトショップで影を付けた凡百の代物ではない(Photo:JßM Zweerts Martin Wissen Photography, Borken,Germany 八田政玄/Masaharu Hatta)。
 この図録の素晴らしさはひとえに奇を衒うことなく、基本に忠実に仕事がなされたことによって実現されたものであり、集中的には断裁と折り、かがりの正確さである。製本は、奥付では「印刷・製本:山田写真製版所」となっているが、キュレイターズ・顧知香さんにうかがって判ったが、篠原紙工。篠原慶丞さんに上記の製本を確認することができた。記して敬意と感謝を表する。(M)

2019/08/15 「戦後の長きにわたる平和な歳月」という嘘

天皇徳仁は8月15日の全国戦没者追悼式で「終戦以来七十四年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられ」「戦後の長きにわたる平和な歳月」と述べたが、これは歴史的事実に反する真っ赤な嘘である。
 西村秀樹「朝鮮戦争に日本は「参戦」した」〔『現代の理論』第20号(2019年夏号)〕は、船員など8000人の従軍と57人の死亡という、日本が朝鮮戦争に参戦した事実を明らかにしている。その後も、ベトナム戦争からイランイラク戦争へ、日本はアメリカの後方基地として参戦し続けている。戦後の幾たびかの「好景気」とは、こうしたアメリカの庇護下での火事場泥棒的ぼろ儲けのおこぼれ(エコノミック・アニマル)であり、アジアの犠牲の上にあったこと、それを「臣民」自身が望んできたことをしっかりと自覚する必要がある。天皇徳仁のいう「戦後の長きにわたる平和な歳月」はアジア人民の滴る血を覆い隠す真っ赤な嘘である。末尾の「―緊急発信―愛知の「表現の不自由展」中止が示す、危機的な日本の「表現の自由」」ともども読まれたい。なお、同誌同号では他に、千本秀樹「『国体の本義』を読みなおす 明治維新と天皇制の150年―4」が、戦後(!)の歴史教育は皇国史観に貫かれていると実証的に明らかにしており注目。(M)

2019/08/10 左翼運動の敗北をもたらしたプラグマティズム

8/9付で紹介した「反天皇制は部落解放の核心である」とともに師岡佑行はもう一つ大切な文章をわれわれに残した。「敗北の歴史から 『紅風』の停刊をむかえて」(部落解放中国研究会『紅風』第100号 1989年3月)がそれである。ここで師岡は、狭山闘争と浪速闘争の敗北を振り返り、めざしたものは間違っていなかったのに敗北したのはなぜか、総括を示した。

 「中研」がめざし、『紅風』がとりあげてきたことはけっして誤りではなかった。しかし、なにひとつ成就することなくおわろうとしている。なぜ、そうなったのであろうか。〔…〕おそらく、利権と暴力におかされている解放運動の現代にあきたらない活動家がもっとも多く結集していたのが、「中研」であった。けれども、少なからぬメンバーが理想はタテマエだとして、現実主義に走った。いぜんとして大衆の名において語られることは多かったが、しだいに内容を失い、言葉だけが空を舞うこととなった。闘いきらずにかんじんなとき妥協をかさねたこと、現実主義におちいったこと。このふたつが「中研」を衰退にみちびき、『紅風』を停刊においこんだ主体的条件である。
 七〇年代後半から八〇年代にかけての日本経済の大さな変化にもとづく社会の変動は、空前の汚職をうみだしたリクルート事件の母胎でもあるが、「中研」のなかに現実主義をかもしだしたのもこれであった。
 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」は、よく知られているように『全国水平社創立宣言』の末尾の言葉である。部落差別をなくす運動が人間の解放をめざすものだとひとびとに呼びかけている。部落解放運動とは、生活のなかから容易に達成されることのない理想の実現をもとめる理想主義の運動であることを、全国水平社は出発点においてしめしたのだ。〔…〕理想主義のうすれた部落解放運動なんか解放運動ではないのだ。
 「中研」がめざし、『紅風』が底にすえたのはこの理想主義である。
 人と人とのかかわりを砕き、自然環境を壊し、公害をまきちらしての未曾有の経済発展がうみだしたカネ、カネ、カネ、モノ、モノ、モノの世界が、現実主義を「中研」にしのびこませ、「中研」を自己崩壊にみちびいたのであった。

 部落解放中国研究会だけではない。日本の新旧左翼に共通する欠陥である。克服すべきは、目先の勝敗、目先の利益(とりわけ経済的な)に目を奪われるプラグマティズムであり、「目標は無、運動がすべて」というベルンシュタイン主義である。かつて藤本進治は「プラグマティズムであって、弁証法―マルクス・レーニン主義となることができないのは、そこに主体が、階級の原理が、かけているから」として、「ある現象を主体の構造からきりはなして独立した現象と考えるなら、そこにプラグマティズム的解釈学が成立する。それは、論理の遊戯である。なぜなら、そこには論理を展開させる主体がないからである。」と断じ、「それぞれの路線の人々は自分の路線こそ大衆の階級的自覚をたかめ、階級的に訓練するものだと主張している。しかし、こうした発想は、おくれた大衆を啓蒙するための《手》としてのものでしかない。これこそプラグマティズムだ。大衆を階級的にひきあげようとすることが、なぜ「手」なのか。なぜなら、そこには、主体の原理がないからである。主体の原理からはなれて、主体の啓蒙や訓練を考えることは、「手」を考えることであり、無原理なプラグマティズムである。」と指摘した〔「日本のプラグマティズム」『マルクス主義と現代』せりか書房 1969年12月 pp.199-201〕。それから半世紀経つ。この思想は日本左翼運動を徹底的敗北という結末に至らしめたのである。(M)

2019/08/09 競争原理そのものへの闘いを

差別と搾取に苦しめられ、それ故に切実に革命と解放を求めている立場の労働者のほうがいま、天皇制を受け入れ、嫌韓反中で排外的で、六曜や占いなどの迷信にはまっている――この悔しくも悲しい現実は、左翼運動の敗北の結果である。社会意識としての差別や賤視ではなく、資本主義がもたらす競争原理そのものを変革しなければ、たとえ政治制度が変わっても社会の人間関係は変わらない。
 師岡佑行(1928-2006)は35年前、『現代部落解放試論』柘植書房、1984-91増補で次のように指摘した(pp.247-248)。

 解放運動のなかで教育の問題を考えるとき、教育とは何かを根本的に問う時期にきています。〔中略〕識字学級や差別選別教育批判として行なわれてきたことは、教育全体に非常に大きなインパクトを与えてきましたが、教育全体のなかに解放教育の思想が生きているかといえば、生きてはいない。今の高校生がよく言うことですが、身分制というのは士農工商の徳川時代だけではない。今も新しい身分制の世の中で、エリート、中堅、平、落ちこぼれと分けられていると。これは、われわれの生きている時代を直感的によく言い表わしていると思います。新身分社会というか、序列主義社会というか、学歴と偏差値によって一生が決められる状況になってしまっています。部落の親たちの教育要求には、自分の子供たちを一般並にしたいという要求があったと思いますが、逆にそれは競争原理にまきこまれる側面をもっているし、現にまきこまれてしまっています。つまり、新身分をつくり出す作業に手をかしているわけです。この点を捉え直して、それを打ち砕く教育を考えなければならないし、教育の原理が問われているのではないでしょうか。識字学級とは何であったのか、今日では何が行なわれなければならないのかと。同和教育全体が進学率向上に集約されてしまったり、解放塾が学習塾になってしまったりする状況を見直していかなければいけない。そのための試みがいろいろなされていますが、あまり成功していないようです。かつて闘いのなかでかちとったものが、いまマイナスの作用を果たしているという部分を一つひとつ見きわめていかなければならないということですね。五〇年代から六〇年代にかけてあった差が基本的になくなったという現実のなかで、同じ主張を繰り返すのではなしに、もう一度教育とは何かということを捉える作業が必要となっている時期にきていると思います。

 教育は労働とともにあり、学ぶ権利としての解放教育の思想は、労働の思想の復権と一体である。敗北した戦後左翼運動の改めるべき課題は、第1に、労働を権利として捉え得ず、ために労働を基本的階級闘争に位置づけ得なかったこと、第2に、賃金を労働力の対価と捉え得ず、ために労働の対価として捉えるところから資本による競争原理に巻き込まれてしまったこと、第3に、労働者を社会の主人公として捉え得ず、哀れむべき救済対象として専らその経済的な改良要求に目を奪われてきたこと、であろう。いまこそ水平社宣言(1922)の精神にたち返るべきときである。 (M)

【必読】師岡佑行「反天皇制は部落解放の核心である 灘本昌久「部落解放に反天皇制は無用」を批判する」Memento 13号(2003年7月25日)

2019/08/07 「六曜」再論 井元麟之の証言翻刻(2)

8/6付からのつづき。【結婚は大安の日にする、友引の日に葬式をしちゃいけない、役所が発行する県民手帖の中にも六曜がのっている、カレンダーには殆んど書いてある、どういうことであろうか、なぜ大安の日に結婚しなきゃならんのか、本人は理由は判らないんです。世の中のしきたりだから、私たちの生活のしきたりの中に大安が存在する、そのしきたりが葬式を友引の日にさせない、東京の火葬場は友引の日は閉鎖なんです。民間委託事業の関係もありましてですね、東京都は知らないかも知れないが火葬場は閉鎖されるんです。
 自分の大切な親兄弟肉親が死んだのにお葬式をのばしたり早めたりする友引の理由を知らない、大安の本当の意味も判らない。そういう風に考えて参りますと、部落問題と共通するのは、部落民はなぜ差別されなければならないのか、しなければならないのか、なぜアンタッチャブルなのか、という理由については判らないが、兎に角そういう習わしになっておるんだ、それが社会のしきたりである、我々の生活のしきたりであるという物のとらえ方です。
 差別問題はあとを絶ちません。法務省の調査によりましても、年々増加はしても決して減っておりません。こういう講演会が開かれ私のような話の下手な者が出て来てまで皆さんの前でいろんんあことを言わなきゃならん。
 けれどもですね、理由が判らない、理由は判らないがしかし、それが世間のしきたりだから、結婚にいたしましても本人同士の間では完全に婚約が成立し親も子ども可愛さに、子どもにつられてその結婚に賛成をいたします。しかし、私のところでも数年前でございますか、婿さんの方の両親が揃って結納を持って見えて、お謡い(うたい)までうたって帰られた。ところが二日程たったらご破算です。破談になりました。親のところまでは許すが親類が許さない、血がけがれる血筋がよごれる、部落の者と結婚したら絶交だ、親類づきあいをしないと、その前には泣く泣く社会のしきたりに従わざるを得ない。私は差別というものはわざわざ差別観念をもって、差別する人は少なかろうと思うんです。差別してやろうというような下心があって差別する人は殆んど無いと思います。もっとも、先程も言われましたが地名総鑑の問題があります。どこどこが被差別部落だと言って大会社に売りつける、それによって身許調査をして部落の者は会社に雇わない、そういう買う者があるから売る者がある、差別の売買がなされておるということが言えますが、大体意識的に差別する人は少ない。言いかえますと、先程申しましたタブーとか暦の迷信とかそういう迷信を信ずること、肯定することによって、部落差別もその一部分として肯定する、部落差別を知ることによって一般迷信も肯定をする、迷信と部落差別観念とのかかわりがですね、一つのものではないか。一番最初に申しましたように、差別観念が観念としてポツンと存在するのではなくしてその差別観念というものは日本社会のもろもろのまちがった社会のしきたり迷信によって支えられておる。差別がポカッとあるんじゃない、その差別は社会のもろもろのそういう不合理な迷信等によって、もっとむずかしい言葉で言うなら、日本社会の意識構造によってあるいはその意識構造の上に部落差別観念というものがのっておる、こう言うことが出来る。と同時にですね、そうしたいろいろの不合理な日本社会のこの、意識構造というものはその上では決して民主々義は育たない、人権意識も育ちません、ヒューマニズムも育ちません、合理主義的な物の考え方もまるでいけません。〔後略〕】

2019/08/06 「六曜」再論 井元麟之の証言翻刻(1)

以下は、『リベラシオン・人権研究ふくおか』174号、福岡県人権研究所、2019.6に掲載された井元麟之「翻刻資料 講演 部落差別と国民的課題」(1980.3.18広島県東部生活相談員と隣保館職員の会主催)からの抜粋転載である。「六曜」という日常に生き続ける天皇制(繙蟠録7/25付)参照。

【〔前略〕暦(こよみ)の吉凶につきましてはですね、六曜というのがございます。この六曜はね、皆さん広島県民手帖をお持ちの方は見て頂きたいんですが、あるいはその県民手帖にのっておるかも知れません。カレンダーにも殆んどのっています。いろいろなものに六曜がのっていますが、順序は先勝から始まりまして、先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の六つの日に分れておる。これも現在使われておるのは百年そこそこ以前に始まったものであって、その前の六曜は順序も違い、解釈も違い、文字も違っております。現在のものは約百年程前から使われておる、これは暦が改正されたのは明治五年の一一月九日に太政官布告と天皇の詔書が出まして、そして「今年の十二月三日を以て明治六年の一月一日とする」と、その時に暦を変えたんですが、その詔書の中には、こういうことが書いてあります。今まで太陰暦、太陰暦というのは月を中心としたこよみの見方、太陰暦を用いて来たがそれによると一年に十数回の誤差が出てくる、だから数年に一回閏(うるふ)年、閏月を設けなきゃならん、つまり十三ヶ月の年を設けなきゃならん、殊に中下段に属する暦注は人心をまどわすことが非常に多い、弊害が大きいからそれをなくさなきゃならん。そして続いて又太政官布告が出まして、六曜を使ってはいけない、そういう中下段に属する暦注を使ってはいけないという布告が出たのでございます。私は今年伊勢神宮のこよみを取りよせました。ところが伊勢神宮は成程聞いておったように、その中に大安友引というような中下段に属することは書いておりません。けれどもおかしなことにその中にはさみ込んだ一枚の別紙には六曜とか三りんぼうとかそういうことが書かれておりました。建て前からすれば伊勢神宮は六曜を用いていないが、本音とすればこれをつけて出しておる、こういうことになります。
 そこで、その大安、友引のほかに、丙午(ひのえうま)というのがありましょう。ご婦人に関係があります。昭和四一年が丙午の年でございました。丙午の年には出産人口が三〇万人減ったんです。ガタッと落ちたんです。恐らく広島県でも全国三〇万とすれば広島県下でおおよそ一万人を下らないですね。出生率が下がったと思います。どうして生まれなかっただろうか、丙午年に生まれた女はですね婿を取り殺す、八百屋お七が丙午の生まれであった、というようなことで生まれて来る子どもがですね、途中で何等かの形で、胎内に宿した人間が生まれてこれないようなことが行われたとしか考えられません。大げさに言うならば殺人です。自分の子を殺す、自分の子を親が殺す、生まれ出ずるものを殺してしまう三〇万人ですよ、福山市の人口がどれ位ありますか、三―四〇万じゃないですか、殆んど福山市の人口に匹敵する程の人間が殺されたんですよ、丙午の年だというだけで。六〇年毎に丙午は廻って来ますが、又丙午に生まれた者はですね、本人も苦しみ親兄弟もそのためになやむ、憂えなければならんということが昭和一〇一年ですか今の年号がつづくとすれば、昭和一〇一年には又丙午の年が廻って来ます。】〔つづく〕

2019/08/05 企画展「表現の不自由展・その後」中止に反対する

8月1日、あいちトリエンナーレ2019が開幕、翌2日、河村たかし名古屋市長が展示中の「平和の少女像」を撤去するよう愛知県に要請すると表明したことをうけ、同日、芸術監督・津田大介さんが「来場者および職員の安全が危ぶまれる状況が改善されないようであれば、企画自体の変更を含めた何らかの対処を行うことを考えている」と表明(会見(声明全文))。3日、企画展実行委員会は「圧力によって人々の目の前から消された表現を集めて現代日本の表現の不自由状況を考えるという企画を、その主催者が自ら弾圧するということは、歴史的暴挙…戦後日本最大の検閲事件」と抗議文を発表したが、同日、企画展「表現の不自由展・その後」は中止された。日本ペンクラブ(8/3 朝日)日本マスコミ文化情報労組会議(8/4 朝日)が抗議声明を出している。

 第1に、企画展の中止は、権力による表現の自由と権利に対する不当な侵害であり、まさに「戦後日本最大の検閲事件」である。決して許せない。
 第2に、表現の自由と権利は、資本主義社会では、たえざる運動を通じてでしか実現できない。「成功すれば企画に悩む人の希望になれると考えたが、劇薬だった」という意見は甘い。一部にある「物議を醸すこと、弾圧を引き出すこと」に意義があるとの考えは、甘ちゃんの火遊びでしかなく、闘いの持続を阻む間違った考えである。他方の「弾圧をもたらすから展示はダメ」というドレイの自主規制を促す考えも間違いである。
 第3に、準備なき蜂起であっても、ひとたび決起し、不当な弾圧を受けたものに対しては、全面的にこれを擁護し、応援していく必要がある。各地各分野からの抗議声明を!

「表現の不自由展」及び《平和の碑》展示中止反対ご署名の呼びかけ(19/08/03)

【参考】前田年昭「卑屈にして巧妙な《検閲》 「ピンクチラシ印刷拒絶」は「清潔なファシズム」だ」1997

8/8 リンク先追記
「表現の不自由展その後」中止に関する公開質問状「表現の不自由展その後」実行委員会(アライ=ヒロユキ 岩崎貞明 岡本有佳 小倉利丸 永田浩三)
美術評論家連盟が「表現の不自由展・その後」の中止に対する意見を表明。「展示再開できる社会的状況を」(美術手帖 19.8.7)
あいちトリエンナーレ2019、国内外の参加アーティスト72組が声明を発表。「芸術祭の回復と継続、自由闊達な議論の場を」(美術手帖 19.8.6)
あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」展示中止にまつわる出来事のまとめ(美術手帖 19.8.6)

 (M)


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